アジア第24期研修生報告書(日本語版) 日本から始まった喜びのタネ ビャンバスレン・ブンチン モンゴル出身 36歳  聴覚:ろう 研修目標 1.障がい者団体の活動 2.日本の手話通訳者 3.ろう教育 初めての日本へ、希望を胸に  2024年9月23日、国際手話言語の日。私は、第24期ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業研修生として初めて日本の地を踏みました。  これは単なる海外研修ではなく、モンゴルのろう者が直面している課題に対する解決策を探るため、自分自身を高め、できる限りのことを学ぶという強い決意を持った旅の始まりでした。4人の子どもたちをモンゴルに残して日本へ来るという決断は、私にとって大きな覚悟と犠牲を伴うものでしたが、学びたいという強い意志と人のために役立ちたいという願いが私の背中を押してくれました。  日本に到着してすぐ、日本の文化、清潔な環境、人々との温かい交流、そして進んだテクノロジーに感動しました。そして、同じ志を持つ台湾、バングラデシュ、ネパールから来た仲間たちとも出会いました。互いに励まし合い学び合った9ヵ月間にわたる交流は、私にとってかけがえのない財産となりました。 「言語は知識への扉」  来日して最初の1ヵ月間は言葉の壁に苦しみました。思うように伝えられず、相手の話も十分に理解できないことは学習にも交流にも支障をきたしました。しかし、4人のろうの先生方が日本手話を教えてくださったおかげで、短期間でこの壁を乗り越えることができました。  このとき初めて、「言語は知識への扉である」という言葉の意味を実感しました。日本手話と日本語を学ぶことは、コミュニケーションだけでなく来日前に立てた目標を達成するための重要な土台となりました。  日本手話を学んだことで、手話通訳者が情報を伝えるテレビ番組やろう者自身が作成したビデオなど、さまざまな情報にアクセスできるようになり、日本の文化や社会問題、ろう者の生活や権利などへの理解も深まりました。 ろう家庭でのホームステイ体験  2025年の年末年始、私は広島県と奈良県のろう家庭を訪問し10日間のホームステイを体験しました。この貴重な時間を通して、日本の家庭での生活スタイルや日常の習慣、お正月の伝統行事を直接体験し学ぶことができました。1月1日には奈良県のホストのご両親の家を訪ね、新年を共に迎えました。笑い声が絶えず思い出があふれる温かく幸せな時間でした。また、広島や奈良の歴史的な名所を訪れました。中でも特に印象に残ったのが広島の平和記念公園です。原爆による被害について学び、ろうの被爆者の証言ビデオを見たことで、平和の大切さと戦争のない世界の価値を深く感じました。私に最も深い感動を与えてくれたのは、日本のろう者の2つの家庭が私を温かく迎え入れ、日々の暮らしや文化を丁寧にそして優しく分かち合ってくれたことです。心からの感謝の気持ちでいっぱいです。 個別研修で得た知識と実践経験  2025年2月から5月中旬まで、私は日本各地の行政機関、民間団体、教育機関で個別研修を受けました。これはモンゴルに持ち帰って活用するための知識や実践的な経験を深める非常に重要な機会でした。 以下の機関で研修を行いました: 日本ASL協会 総合研究大学院大学 鳥取県聴覚障害者協会 デフNet.かごしま 兵庫県聴覚障害者協会 筑波技術大学 国立障害者リハビリテーションセンター 明晴学園(ろう学校)  これらの研修を通して、当初設定した目標を達成しただけでなく、想像以上に幅広い新たな知見と知識を得ることができました。紙面の都合上、全てを網羅することはできませんが、それぞれの経験が私の専門性の向上と将来の取り組みに大きく貢献したことは強調しておかなければなりません。日本のろう者団体の運営方法、その組織構造とリーダーシップスタイル、プロジェクトの実施方法、そして地域社会の参加を促す戦略について理解を深めることができました。また、通訳者養成と試験制度、カリキュラムの構築と教授法など幅広く学びました。日本のろう教育制度、指導法、教材、そして教師の働き方についても学びました。さらに、第一線で活躍するろう者の専門家の方々と出会い、彼らの経験や課題克服のプロセスから多くの刺激を受けました。日本の社会福祉サービス、ろう者の就労支援、手話研究の動向、そして政策やプロジェクトの現状についても深く理解することができました。私は見聞きしたことを単に受け入れるだけでなく、「モンゴルに導入する場合にはどう応用できるか」「日本の課題や失敗から学ぶことは何か」と常に問いながら研修に取り組みました。 体験に彩られた旅  日本は見どころがたくさんあり、人々の興味を引く旅行しやすい国だと感じました。ろう者の友人たちと一緒に何度か短い旅をしたことで、それをより深く実感することができました。これまでに47都道府県のうち16都道府県訪れ、それぞれの土地の自然や歴史的な場所、おいしい郷土料理、文化や習慣に触れました。たくさんの人と出会い、交流できたことはまるで新しい世界が広がったような体験でした。特に印象に残っているのは、新潟でのスキー研修です。モンゴルでもスキーに挑戦したのですが、上手く滑れず、もう一度挑戦することに不安と恐怖を感じていました。しかし、インストラクターの方々の励ましとサポートのおかげで、スキーのやり方を習得しただけでなく、最終的には一人で滑れるようになりました。この経験は、私に新しいスキルを与えてくれただけでなく、自分の限界を乗り越える自信も与えてくれました。  旅行はただの観光や遊びではなく、自分自身を知るきっかけとなり心に残る思い出と人生の糧となりました。 心からの感謝を込めて  この短くも濃密な時間を日本で学び、生活できたことは、私の人生においてかけがえのない経験でした。  まず、今回の研修プログラムを支援してくださったダスキン愛の輪基金の皆さまに心より感謝申し上げます。ご支援がなければこの研修は実現しませんでした。また、プログラムの計画・運営を丁寧に、細やかに行ってくださった日本障害者リハビリテーション協会はじめ関係者の皆さま、本当にありがとうございました。個別研修の機会を与えてくださった団体および関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。皆さまから共有していただいた知識と経験は、私の今後の活動にとって非常に貴重な財産となりました。また、日本語と日本手話を丁寧に教え、私の言語能力向上のために心を込めてご指導くださった先生方にも深く感謝しています。さらに、日本の美しい土地を案内し、学びの旅をより豊かにしてくれた日本人の友人たちにも心からお礼を申し上げます。  この研修の中で出会ったすべての経験と人々から、私は知識の価値、気づきの力、人間のあたたかさを深く学びました。  この学びをモンゴルに持ち帰り、ろう者の教育、権利、社会参加の推進にしっかりと活かしていくことをここにお約束します。 エンパワーメントとインクルージョンへの旅 タスリマ・スルタナ・ミトゥ バングラデシュ出身 29歳  視覚:全盲 研修目標 1.障がい者のための支援機器 2.障がい者の自立生活 3.日本文化  私は視覚障がい者として、昨年9月24日から始まったダスキンリーダーシップ研修に参加する栄誉に恵まれました。この経験は、私を個人的にも専門的にも変革させ、より大きな夢を持ち、より大きな目的を持って行動する力を与えてくれました。  研修開始当初は、日本語と点字を学びました。日本語の経験が全くなかったため、日本語の習得は大きな挑戦でした。しかし、日本語と点字の先生方の温かいサポート、日本障害者リハビリテーション協会の献身的なスタッフ、そして他の研修生の励ましのおかげで、徐々に上達しました。日本語で毎週レポートを書くことで、読解力、文章力、会話力が向上しました。また、ヨガのクラスにも参加し、心身の健康の大切さを理解することができました。  冬休みには、2つの素晴らしいホストファミリーと一緒に過ごす機会に恵まれました。皆さんの親切なおもてなしのおかげで、私は安心感が得られ、心から歓迎されていると感じました。ホームステイを通して、寺院を訪れたり、着物を着たり、新しい食べ物を味わったり、初めて雪を見たりと、日本文化を深く探求することができました。一つひとつの経験が新しい発見であり、温かさと喜びに満ちていました。  ホームステイの後、新潟で他の研修生たちとスキー研修に参加しました。初めてのスキーで、最初は緊張していましたが、インストラクターの指導のおかげで恐怖を克服することができました。自分自身に挑戦し、新たな強さを発見できたことを誇りに思いました。  集団研修では、日本の障がい者の法律、福祉制度、そしてサービスについて学びました。様々な団体を訪問し、ユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、カウンセリング、虐待防止、インクルーシブ教育について学ぶセッションに参加しました。この経験から得た最も貴重な教訓の1つは、チームワークの重要性と、社会変革を生み出す上でのコミュニケーションの力です。  個別研修では、自分の興味に密接に関連する分野を探求することができました。大学やリハビリテーションセンターでは、視覚障がいのある学生が教育と就労においてどのように支援されているかを見学しました。視覚障がいのある方と話をし、支援技術について学びました。また、ボランティアによる移動訓練も体験し、自立がどのように育まれるかについて理解を深めました。  「みのり」では、コーヒーの焙煎、点字名刺の作成、ガーデニングなど、視覚障がい者と知的障がい者が尊厳を持って働く協働的な環境の中で活動を行いました。「ウイズ」では、梱包作業やテニス、卓球などのスポーツに参加しました。特に、私のために点字の説明書を用意していただいたことには感動し、本当に受け入れられていると感じました。  また、日本ライトハウス、日本点字図書館(JBL)、支援技術開発機構(ATDO)といった主要な施設を訪問しました。日本ライトハウスでは、福祉政策、点字制作、就労支援について学びました。JBLでは、日本最大の視覚障がい者向け図書館の歴史と提供内容について学びました。ATDOでは、DAISY図書(デジタル録音図書)の製作について紹介を受けました。私は、バングラデシュでDAISY図書の製作を通して、すべての人が本にアクセスできるようにしたいと考えています。  この研修を通して私が得た力強いコンセプトは、障がいのある人々が自らの意思で決定し、自立した生活を送ることができるようにエンパワーメントすることの重要性です。補助器具、就労支援、そしてインクルーシブなコミュニティが、この目標にどのように貢献しているかを目の当たりにしました。ゆにでは、移動支援や字幕サービスについて学びました。日本ライトハウス情報文化センターでは、ボランティア活動が自立とインクルーシブな社会づくりを実際にどのように支えているかも確認することができました。  また、滋賀県の「ショプノ バングラデシュ視覚障害者支援協会」や東京の「シャプラニール」といった団体で、バングラデシュでの自身の活動を紹介する機会もありました。日本人の専門家の方々からいただいたアドバイスと励ましは、私に大きな刺激を与え、将来の活動への新たなアイデアを与えてくれました。  研修以外では、彦根城を訪れたり、茶道に参加したり、博物館を巡ったり、イチゴ狩りをしたり、音楽セッションやフェスティバルに参加したりと、多くの文化体験やレクリエーションを楽しみました。これらの経験を通して、仕事と喜び、そしてセルフケアのバランスを取ることの大切さを学びました。  研修を通して、私は3つの目標に焦点を当てました。 (1)日本の障がい者向けサービスと日常生活について学ぶこと、 (2)視覚障がい者用補助器具について理解すること、 (3)日本語と日本文化を学ぶことです。 多くの方々のご指導とご支援のおかげで、これらの目標は達成できたと確信しています。  将来的には、バングラデシュにリハビリテーションユニット、スポーツ施設、音楽スタジオ、そして視覚障がいのある方々が働き、活躍できるカフェを備えた情報センターを設立したいと考えています。また、教育、雇用、自立を促進するために、アクセシブルな書籍、点字教材、補助器具の提供も目指しています。  日本でのこの旅は、私に知識だけでなく勇気も与えてくれました。この経験を活かし、母国の障がいのある方々の生活向上に尽力することをお約束します。この夢を実現するまで、私は決して諦めません。  最後に、この旅を可能にしてくださったすべての方々に心から感謝申し上げます。特に、献身的な先生方、日本障害者リハビリテーション協会のスタッフ、2つのホームステイ先の家族、そして私を温かく迎え、支えてくださった研修先の皆様に深く感謝いたします。皆様のご指導と励ましは、本当に大きな力となりました。私を信じてくださり、ありがとうございました。 挑戦を通して刻んだ成長の旅 カー・ウェイ・トゥワン 台湾出身 27歳  肢体:脳性まひ 研修目標 1.DPOやNGOの運営 2.地域での自立生活や啓発活動 3.地域デザイン 4.社会福祉制度 5.特別支援教育 はじめに  私の名前はココです。台湾から来ました。障がいは脳性まひです。台北の新活力自立生活協会で働いています。仕事はソーシャルワーカーです。 台湾について  台湾には障がい者の制度がありますが、まだ多くの問題があります。多くの障がい者は一人で暮らすことができず、家族の助けが必要です。障がいのある学生は普通の学校に行けますが、差別もあります。都市と田舎の差も大きく、田舎はバリアフリーが少ないです。ですから、台湾ではまだたくさん努力しなければならないことがあります。 不安と楽しみの中で始まった日本の生活  日本に行く前は楽しみと不安の気持ちでいっぱいでした。私は一人で外国で暮らすことができるかどうか、分かりませんでした。将来の自分の姿も分かりませんでした。準備がまだできていないと思いましたが、日本に出発しました。日本に来た時、一番不安だったのは、言葉の問題でした。英語や日本語が分かるか、どうやって言葉を学ぶか、どうやって自分の気持ちを伝えるか、とても心配でした。  研修期間に、日本のいろいろな場所を訪れました。東京にいる時は、よく一人で冒険に挑戦し、多くの観光地を巡りました。知らない町で生活することは、とても大切な経験だと思います。一人で様々な未知の挑戦に向き合い、迷うこともありましたが、地図を見たり、人に道を聞いたりして正しい方向を見つけることができました。こうした経験は、自信をつけることや、適応力を高めることに役立ちました。 一緒に歩み、あきらめない──困難を越えて進む  日本語の勉強は最初の3ヵ月はとても大変でした。私は脳性まひがあり、話すことが難しかったです。でも、先生たちは勉強の方法も一緒に考えてくれました。そして、いろいろな表現の方法を勉強しました。話すことだけでなく、書くことも大切な表現です。だから、日本語はだんだん上手になりました。台湾に帰ってからも、日本語の勉強を続けたいです。もっと日本の情報を読んだり、日本の友達と交流したりしたいです。  山口県のホームステイでは、日本の文化をたくさん体験しました。着物を着て神社に行って、お参りをしました。初めて日本語を使って、ホストファミリーと一緒に話す方法を探しました。お正月にインフルエンザにかかり大変でしたが、ホストファミリーと一緒に困難を乗り越え、より親近感を感じました。  スキー研修は、最初はとても怖かったです。「不可能を可能にする」ためには、いろいろな準備や設計、サポートが必要です。障がい者が自由に安全にスキーできるように、スキーの先生たちは多くの研究や器具・装置の改良、障がいへの深い理解、そして見えない準備をしています。最初はうまく操作できず、練習して何回も失敗しました。でも、最後には自分の力で方向を調整し、バランスをとって安定して滑ることができました。成功したときは、本当に嬉しくて楽しかったです!一生忘れられない体験でした!  研修生たちと一緒に色々な所へ行きました。一緒にいろいろな経験をしました。だから、仲良くなりました。皆と一緒に頑張り、あきらめない気持ちで、困難を越えてきました。 多様な学びと経験から得た成長  研修には、集団研修と個別研修がありました。個別研修では、いろいろな自立生活センターや企業へ行きました。YAH!DOみやざき、自立支援センターおおいた、つくば自立生活センターほにゃら、自立生活夢宙センター、ぱあとなぁ、メインストリーム協会、ムーブメント、自立生活センターリアライズ、自立生活センターあるる、自立生活センターこねくと。そして、オムロン太陽株式会社です。  集団研修と個別研修では、8つの大切な学びがありました。それは、障がい福祉制度、自立生活、ユニバーサルデザイン、若い障がい者の活動、防災、インクルーシブ教育、地域交流、そして遊びです。  障がい福祉制度については、障がい者に関する法律や制度、そして運動の歴史などを学びました。台湾との違いを意識しながら理解を深めました。制度は地域との協力によって、より良い支援につながると感じました。参加したパレードでは、「誰もが暮らしやすい街」をテーマに、みんなが力を合わせる雰囲気を体験しました。日本も台湾も、障がいのある人が安心して暮らせる制度や社会になることを心から願っています。  自立生活では、「自己選択、自己決定、自己責任」の意味を学びました。自立生活プログラムやピアカウンセリングや介助者の支援などのサービス、当事者中心の支援がとても大切だと感じました。重度障がい、精神障がい、知的障がいがある人の地域生活の例も知りました。障がい特性や個人の意向に応じて、適切な支援を提供する必要があることを学びました。台湾に帰ったあと、自立生活の制度をもっと良くしたいです。  ユニバーサルデザインでは、観光地や職場、交通などで、誰でも使いやすいデザインや設備を体験しました。例えば、場所のデザイン、介助者のサポート、道具の利用なども大切です。私たちは介助者のサポートや補助具を使って、より安心して温泉を楽しむ方法を学びました。バリアフリーデザインとユニバーサルデザインの違いも学びました。バリアフリー合理的配慮接遇研修にも参加しました。商店街の人たちが障がい者のことをよく知ることはとても大切だと思います。さまざまな人のことを考えると、より多くの人が商店街を安心して利用できたり、いろいろな活動に参加できるようになると思います。  関西地域の団体で、若い障がい者が仲間と一緒に活動して、成長できる環境があるのは、すばらしいと思います。障害者団体(DPO)の活動は、つながりや学びの場としてとても大切です。お互いに支え合うことで、困難に直面したときにより強く立ち向かうことができます。  防災では、避難所体験や個別避難計画づくりをしました。障がい者の視点から防災を考えること、そして準備だけでなく、いつも地域とつながっていることが大切です。  インクルーシブ教育について、グループ研修では、DAISY教材を使った学び方について知りました。個別研修では、地域活動や演劇活動、特別支援学校について学びました。インクルーシブ教育の考え方と実際の状況を学びました。インクルーシブ教育は重要であり、学生や先生、そしてもっと多くの人々が障がい者と交流し、平等に理解し、対応できるようになることが大切だと思います。  地域交流に関しては、グループ研修でCBRマトリックス※とツイントラックアプローチ※を学び、長い間理解できなかったことがやっとわかりました。CBRマトリックスを使うことで、地域の障がい者の生活や課題を深く理解し、行動の方向性を考えることができます。そのため、計画を進めるためにはファシリテーションや調整、コミュニケーションや交渉のスキルを磨き、実践し続けることが必要だと思います。また、CBR※とCBID※についてもさらに深く学びたいと考えています。  実際に、地域交流活動にも参加しました。障がい者が地域の人々と交流し、助け合う場はとても大切です。また、障がい者が社会に参加することも重要です。地域交流のおかげで、もっと多くの人が日常生活の中で障がい者を理解し、障がい者と交流する際により幅広い理解を持てるようになります。 遊びについては、多くの新しい経験と挑戦があり、異なる場所でバリアフリーの状況を確認することもできました。忘れられない体験もたくさんありました。 ※CBRマトリックス:障がいのある人や困難を抱える人の置かれた状況を包括的に見るためのツール ※ツイントラックアプローチ:障がい者自身やその家族が、主体的に行動できるよう支援することと、地域社会において障がい者の視点を反映させる取組みを2つ同時に進める手法 ※CBR:障がいをもつすべての子どもおよび大人のリハビリテーション、機会均等化および社会統合に向けた地域社会開発における戦略の一つ ※CBID:障がいの有無や貧困、年齢に関わらず、すべての人が尊重し合い、地域社会に参加・共生できる環境を目指す取り組み まとめ  研修中、「居場所」、「仲間」、「志」、「LEAD ON(引き継ぐ/前に進む)」がとても大切だと学びました。誰もが参加できる、真の共生社会を実現するためには、障がいのある人もない人も共に努力し、助け合い、共に成長していく必要があります。みんなが平等で尊厳が守られる環境の中で、社会をよくしていくために進み続けることが大切です。 私の夢:バリアを越えて、誰もがともに歩める社会へ  私は帰国後、誰でも参加できるインクルーシブな場を作りたいです。もっと多くの障がい者が地域で生活できる社会にしたいと思います。そして、台湾の障がい者福祉制度をさらに充実させたいです。私は障害者団体(DPO)でのアドボカシー活動や若者のエンパワメントに力を入れます。さらに、台湾のほかの自立生活協会と交流します。そして、地域、学校、企業、公共機関にユニバーサルデザインやインクルーシブの考え方を伝えたいと考えています。 内面の変化について  日本に来る前、私はいつも「みんなと同じように生きたい、勉強したい、働きたい」と思って、一生懸命がんばっていました。でも、その努力の中で、心はとても疲れて、プレッシャーを感じることも多かったです。「遅れてはいけない」「みんなと違ってはいけない」と思っていました。しかし、日本での研修の中で、たくさんの学びや、自分史の発表、障がい者や支援者との対話を通して、自分の人生をもう一度整理することができました。そして、過去の経験はつらいだけではなく、自分を成長させる大切な力になっていることに気づきました。「自分の存在意義を証明しなければならない」と考えなくても、自分には価値があると、少しずつ思えるようになりました。  困ったことがあったら、自分でいろいろな方法を試したり、周りの人と相談したりすることが大切だと学び、心の中の不安や緊張は、だんだん落ち着いてきました。困難や挑戦があっても、自分で心を安定させる力が少しずつ育ってきたと感じます。これからも自分のペースで、柔らかく安定した気持ちで歩んでいきたいと思います。 旅の終わりと、新たな始まり  研修では、たくさんの新しいことを学びました、いろいろな日本の文化を体験しました。自分のこともより深く知ることができました。私は前よりも楽しく、やさしく、そして強くなりました。希望も出てきて、未来に向かって進む力ももらいました。  ダスキン愛の輪基金、日本障害者リハビリテーション協会、戸山サンライズのみなさん、先生方、研修先の皆様に心から感謝いたします。優しく教え、あたたかく見守ってくださったことは忘れません。また皆さんとお会いできる日を楽しみにしています。 良いリーダーになり、障がいのある新しい人たちにやる気を与えたい ラクシミ・クンワル ネパール出身 35歳  肢体:脊髄損傷 研修目標 1.自立生活 2.障がいに関する制度設計 3.啓発活動や交渉方法 4.人材育成 5.レポートや企画書の書き方  この研修は私の人生を変える大きなチャンスでした。研修を受ける前から、ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業について知っていました。なぜなら、ダスキン6期生のクリシュナ・ゴータムさんと一緒に、ラリトプル・ネパール自立生活センターで働いていたからです。 日本語  ネパールで日本語を勉強しようとしましたが、バリアフリー対応のクラスがありませんでした。そのため、日本語を学ぶことができませんでした。日本に来てから、戸山サンライズで日本語のクラスが始まりました。先生方がとても親切で、とても分かりやすく教えてくれたので、とても感動しました。私も一生懸命に勉強しました。本当に、日本語の授業が終わるまで退屈することはありませんでした。それから、話す力と書く力が日に日に上達していきました。これは私の人生における大きな成果でした。日本語はネパールでも役立つでしょう。なぜなら、私は日本が支援するネパールのラリトプル自立生活センターで働いているからです。 ホームステイ  名古屋のあゆみさんのお宅で約10日間過ごしました。彼女はとても親切な方で、私の障がいのことをすでに知っていたので、カテーテルやゴムシートなど、私が毎日使っているものなど、必要なものを準備してくれました。彼女はいつも姉のように私を可愛がってくれました。新年もあゆみさんのお宅で過ごし、まるで家族になったような気持ちで過ごせました。毎日、あゆみさんの日本人の友達に会いに行き、バリアフリー対応の車で様々な場所を訪れました。日本の文化や食べ物に触れ、思い出に残る時間を過ごしました。 経験  ネパールには海がありませんが、私は海が好きで、海で泳ぐのが大好きです。そのため、センターのスタッフに海で泳ぎたいとお願いしました。しかし、皆さんは「今はとても寒いので無理です」と優しく言ってくれました。最終的に、メインストリーム協会の皆さんと一緒に海に行き、神戸の海で泳ぐことができました。プールで泳ぐのと海で泳ぐのは全く違います。 グループ研修  グループ研修では、日本の障がい関連法と政策の発展、インクルーシブ教育、虐待防止、ファシリテーションとリフレクション、日本における障がい者運動の変遷とその特徴、社会福祉サービスについて学びました。社会、政策、法律を変えるためには、チームで、そして定期的な交渉を通して活動していく必要があると感じました。 個別研修  個別研修では、日本の様々な自立生活センターを訪問しました。例えば、沖縄のCILイルカ、CIL希輝々、CILおおいた、AJU自立の家、鹿児島のCILひかり、メインストリーム協会、自立生活夢宙センター、CILぱあとなぁなどです。そこで、自立生活の概念や日本の障がい者の生活について学ぶことができました。また、重度障がい者がテクノロジーと介助サービスを活用する生活スタイルを目にした際には驚かされました。また、バリアフリー運動、日本の障害者自立支援制度、自立生活プログラム、ピアサポート、ピアカウンセリングなど、自立生活の歴史や活動の進め方についても学びました。ピアカウンセリングとピアサポートは、障がい者のエンパワーメントにとって非常に重要であり、障がい者が社会を変える活動に参加する前に、自己受容が非常に重要だと考えます。「自ら選択し、自ら決定し、その選択と決定に責任を持つ」ことは、自立生活運動において最も重要な概念です。しかし、世界の多くの開発途上国では、障がい者は大人になっても家族と暮らしていかなければならないという考え方が根強く残っています。これらの国では、バリアフリーのインフラ整備、ヘルパー制度、公的年金制度などが整っていないのが現状です。しかし、将来的にはネパールでも障がい者が自立した生活を送ることができるようになると信じています。 オムロン太陽株式会社  オムロン太陽株式会社を訪問しました。大企業で、日本での事業運営の仕組みを見学しました。障がいのある方と障がいのない方が共に働く機会が数多くあります。バリアフリーのインフラや技術があれば、障がいのある方も何でもできると感じました。 まとめ  私の国では、障がいのある人々を取り巻く多くの問題が存在しています。その問題には、自立した生活に関する知識を持つ人が少ないこと、障がい者に配慮したバリアフリーな環境やインフラが整っていないことが含まれます。そのため、多くの障がい者が就労や教育の機会を得られていません。特に重度の障がいのある人は、自宅に閉じこもることしかできません。しかし、私はこの問題を少しずつ解決していきたいと思っています。一人でこれらの問題に取り組むのは難しいので、まずは仲間を集め、先輩方にも相談していきたいと思っています。日本で学んだことを多くの人に伝えていきたいと思っています。他の障がい者団体と連携し、政府による障がい者支援サービスを受けられるよう、共に取り組んでいきたいです。特に、ネパールにおけるインクルーシブ教育と、重度障がい者のためのヘルパー支援制度の整備に取り組んでいきたいです。少しずつでも共に変化を起こせば、不可能なことはないと信じています。 お礼  先生方、ホストファミリー、個別研修で訪問したセンターの方々、ダスキン愛の輪基金、そして日本障害者リハビリテーション協会の皆様、本当にありがとうございました。皆さんの活動は素晴らしいです。アジアの様々な国から来た障がいのある方々を支え、日本で大切なことをたくさん教えてくださっています。帰国後も、障がいのある方々のために精一杯活動していきたいと思います。